JOHA9 第3分科会要旨

(1)三田牧(日本学術振興会特別研究員)
記憶の合わせ鏡:日本統治下パラオにおける「他者」の記憶
 人が過去について語る時、自分の目線から見た「私(たち)の歴史」を語るのが普通である。しかし、出自を異にする人々が出会う「植民地の歴史」を考えるにあたっては、「私たちの歴史」だけではなく、他者の目線から語られた「彼等の歴史」をも見る必要があるのではないか。
 本研究でとりあげる日本統治下パラオには、「日本人」(その半数は沖縄出身者。朝鮮人や台湾人も含まれていた)、パラオ人、その他のミクロネシア人など、様々な人が暮らした。日本内地人を頂点とする階層社会において、人々は互いの姿をどのように見ていただろう。
 本発表では、パラオ人と沖縄出身者、混血の人の語りを立体的に提示することで、それぞれの過去語りの中に、合わせ鏡のようにして互いの姿を映し出すことを試みる。本研究は、植民地時代においては出会い損ねてきた「他者」と、再びつながる可能性を秘めた歴史記述を模索する、はじめの一歩である。

(2)森亜紀子(京都大学大学院)
委任統治領南洋諸島に暮らした沖縄出身移民:1910~1924年生まれの人々の経験に注目して
 南洋群島とは、ミクロネシアの島々に対する日本統治時代の総称である。日本は、1922年から敗戦までの間に、ほぼ未開発であった島々を、時々の「国益」に応じて開発し、さらには「戦場」とした。この過程の中で、主要労働力として積極的に招致されたのが、沖縄出身移民である。本報告では、沖縄出身移民の内、戦時体制期に渡航し、生活を築いた1910年~1924年生まれの人々に着目する。「ソテツ地獄」と呼ばれる経済不況期に沖縄で育ち、帝国の膨張と崩壊の下で成人前期を過ごしたこれらの人々は、いかなる経験をしたのか。従来、見落とされがちだった人々の具体像を、口述資料から明らかにすることで、南洋群島に暮らした沖縄出身移民の多様性と全体像を描き出したい。

(3)小林奈緒子(島根大学)
戦争体験の受容と地域社会:元兵士のオーラル・ヒストリーより
 戦争体験を当事者がどのように受け止め、その後の人生の中でいかに向き合ってきたのか。そして、その戦争体験が総体として、または地域の戦後の歴史にどのような影響を及ぼしているのか。報告者は、先の戦争において兵士として従軍し、戦後シベリヤに抑留され、中国の戦犯教育を受け、帰国後島根にて中国帰還者連絡会山陰支部の事務局を長らく務めた人物に聞き取りをする機会を得た。彼の戦中・戦後を追っていく中で、彼が戦争体験をどのように受容し、またそれがどのように変化していったのか、また元兵士を地域社会がどのように受け止めたのか、あるいは彼らの活動によって、地域社会はどのような影響を及ぼされたのかを考察する。

(4)木村豊(慶応大学大学院)
空襲で焼け出された人の戦後生活:都市から地方への移住をめぐって
 本報告は、都市空襲被災者の地方移住と戦後生活について検討することを目的とする。昭和20年3月の東京大空襲以降、空襲の激化とその被害の拡大に伴い、「都市疎開者の就農に関する緊急措置要領」が閣議決定され、大都市の戦災者などを対象に、食糧増産を目的とした集団帰農計画が進められた。しかし、これまで都市空襲の被害実態に関する調査・研究が進められてきた中で、そうした都市空襲被災者の地方移住と戦後生活に焦点があてられることは少ない。そこで、本報告では、北海道に渡った東京空襲被災者へのインタビュー調査をもとに、都市空襲被災者の地方移住と戦後生活について検討したい。また同時に、そうした戦災と移住の記憶の現在についても検討したい。