JOHA9 第2分科会要旨

(1)矢吹康夫(立教大学大学院)
優生手術経験の語り難さ:アルビノ当時者のライフストーリーから
 アルビノとは全身のメラニン色素を作れない常染色体务性の遺伝疾患である。私が継続しているアルビノ当事者へのインタビュー調査では、問題経験を聞きたがっている調査者のストーリーが相対化され、「困ったことはなかった」「差別されたことはない」という語りにたびたび出くわす。 しかし一方で、結婚や出産の話題になると、「やっぱり」という言葉に続けて否定的な経験が語られることがある。そこでは、全体主義的で強制的な旧来の優生学は明確に否定されるが、かといって自発的で個人本意の修正優生学に対しては容認とも否認ともとれない曖昧な語りが展開される。本報告では、結婚前に自らの意志で優生手術を選択したアルビノ当事者(70代・男性)のライフストーリーを主に検討し、優生手術経験の語り難さを確認するとともに、既存の優生学的言説に回収されないような新しい語りの可能性を模索したい。

(2)青木秀光(立命館大学大学院)
精神障害者の子を抱えて生きる、ある母親の生活史
 精神障害者の子を持つ親は、様々な苦悩とともに生きている。精神疾患(特に統合失調症)は青年期に好発する。親たちは、子どもが将来巣立ち、第2 の人生を考え始める時期にある。そのような時期に、自らの子が精神疾患を発症するところに中途障害の困難さがある。また、精神疾患発症時の知識のなさ、症状の不可解性、周囲を含む自らの偏見、親亡き後の不安、これまでの子育てへの後悔、等々多くの負荷要因も存在する。そのなかで生きる家族は、どのような思いで日々を生活しているのだろうか。本報告では、統合失調症の子とともに31年間歩んできた、ある母親のライフストリーを提示することで、彼女の主観的意味世界に接近することを目的とする。

(3)小林久子(藍野大学)
1970年代初頭に心臓ペースメーカーを植え込んだ女性たちの働く事の難しさ
 近年、心臓ペースメーカーの社会的認知は高く、公共の場での電磁波障害にも配慮がある。障害者1級の承認は、医療費免除の社会的恩恵を受けている。しかし、1970年代初頭の日本で、「障害者手帳をもったら、嫁にも行けない」と医師に言われた3人の女性たちは、病気を隠して働き、病気が発覚して解雇され、2年毎の器械の電池交換と同時に転職するという歴史を生きてきた。彼女らが仕事を通して抱いた“みじめさ”と“後ろめたさ”の思いは、医療を取り巻く社会の変化によって、今に語り継がれることはない。そこで、当時の彼女らの働く事の難しさに着目し、心臓ペースメーカーを植え込んだ人の社会的不利の実情を明らかにすると共に、彼女らにとっての障害者の意義を検討したい。

(4)木村知美(松山大学大学院)
ハンセン病療養所におけるサバイバーズ・ギルト
 本報告ではハンセン病療養所で長年生活してきた入所者の持つサバイバーズ・ギルト(生き残ったことに対する罪悪感)に注目し、そこからハンセン病療養所の特異性を明らかにしようとするものである。
 ハンセン病療養所入所者からのライフストーリーインタビューを行う。その中で語られる入所者の人生を通して、療養所入所や療養所での生活という同じ経験をした者(仲間)へのまなざしから過酷な療養所生活を生き残ったものとしての自分をとらえた語りを中心に考察をおこなう。療養所生活の中では多くの仲間を失うという経験もした。その仲間の分も生きねばという思いがあるために、ハンセン病療養所と他の施設とでは大きく異なる特徴である生きがいを見出し人生を豊かに生きてきた人が多く存在するのではないかと推測される。