JOHAニュースレター第18号

 日本オーラル・ヒストリー学会第8回研究大会(JOHA8)が、2010年9月11日(土)、12日(日)の二日間にわたって、立教大学池袋キャンパスにおいて開催されます。みなさま、お誘い合わせのうえ、ふるってご参加ください。
※大会に併せて「保苅実写真展」を7号館1階ロビーにて開催します


【目次】
(1) 第8回年次大会
1.大会プログラム
2.自由論題報告要旨
(2) 「保苅実写真展 カントリーに呼ばれて」のご案内
(3) オーラルヒストリーと演劇・ダンスについて――「ガラスの仮面」を思いつつ
(4) ワークショップ報告
(5) 理事会報告
(6) 事務局便り
1.会員異動
2.2010年度会費納入のお願い


(1) 日本オーラル・ヒストリー学会第8回大会

1.大会プログラム
http://joha.jp/?eid=111
第4回ワークショップ「発見は何?」
http://joha.jp/?eid=115

2.自由報告要旨
第1分科会
http://joha.jp/?eid=121
第2分科会
http://joha.jp/?eid=122
第3分科会
http://joha.jp/?eid=123


(2) 「保苅実写真展 カントリーに呼ばれて ~オーストラリア・アボリジニとラディカル・オーラル・ヒストリー~」のご案内
http://joha.jp/?eid=113


(3) オーラルヒストリーと演劇・ダンスについて――「ガラスの仮面」を思いつつ
  先だって、アメリカの学生、18歳のアンソニー君が、日本で一人芝居を行った。15分で、7名の人間を演じ分けるというものだ。想像できるだろうか? 小道具は椅子ひとつ、そして、衣裳も目の前で着替える。――ブラックアウト(暗転)も何もない。彼の、しかし、その迫真性は、英語で演じられているにも関わらず、みる物を引き寄せる強い力があった。演じた後の感想には、『引き込まれた』『英語は全部わからないのに、その感情が押し寄せてきた』とあった。戦争に関わるものではあるが、戦争の悲惨さを感じる者もいれば、「自分は20歳を過ぎて、いったい、彼と比べて何をやっているんだろう」と自問する感想も多かった。
 その迫真性には、理由がある――と、二度みた私は思う。彼は、14歳の時、「ゴーストソルジャーズ」という、『バターン死の行進』という、アメリカ人捕虜(また捕虜問題か、と思わないでほしい)の体験記を母から与えられた。「僕らはなんで歴史のことを知らないんだろう?」「僕らはなんでこういう事を語りあわないんだろう?」その本にあらわれる中尉がたまたま、近所に住んでいた。彼と彼の家族はインタビューに出向いた。それから彼は、紹介される元捕虜に電話し、幾人かの話のオーラルヒストリーを元に、この劇(寸劇というには重すぎ、深すぎる)を作ったと言う。彼に、それを演じ続ける理由を聴くと「自分が演じ始めてから、幾人もの元兵士・元捕虜に会った。彼らの目をみたとき、<これは二度と繰り返されてはならないことだ>とアンソニーは深く思ったのだと言う。彼が、それらの生きたお爺さんたちの話を聴いたこと、直接、その人々に会って話を聴いたことが、この劇の迫真性を高めているのは確かである。
 日本でも、この夏、戦争を扱った演劇やテレビドラマが放送された。NHKの『ゲゲゲの女房』でも、終戦記念日後の一週間は、水木しげるを演じる役者が、ボルネオでの経験を語るものだった。だが――その迫真性には二つの違いがある。一つは、映像を通した「作品」であること。アンソニーのそれは、彼の若さもあって、元捕虜の往時を思わせる。実際、この演劇をみたアメリカ人兵士やその遺族は胸を揺さぶられ涙しているのを私もアメリカで見た。受け継ぎ、演じる人間が「なまもの」である事が、その迫真性を増しているのだ。水木しげるの役を演じる俳優が、ボルネオで悲惨な目に遭った日本兵士に会ったかどうかはわからないので、ここではその点はおくとする。
 この直前に、チェコでの国際IOHA大会では、「語る」ことをバレエにした作品もあった。練習風景しか目にできなかったが口をいましめられた踊り手が、次第に自由になっていく、そんな作品だった。英国のオーラルヒストリーソサエティでも、現在進行中のオーラルヒストリープロジェクトに参加している若者が、演劇を披露した――ヴィクトリア&アルバート美術館で演じるにはかなりショッキングなので、九月のJOHA大会での報告までのお楽しみとして置いておくとしよう。オーラルヒストリーの成果をまとめるにはいくつもの方法がある。日本では論文、ドキュメンタリーが大勢を占める。だが、アンソニーの劇のような、生々しくかつ、迫力のある「再表現」の仕方もある。初めてアメリカの大会に出た時も、最後が演劇である事に驚いたものだ。オーラルヒストリーの豊穣性と多様化の一環として、日本でも試みられてもよいのではなかろうか。聴いた人、あるいは聴かれた記録を読んだ人が、演劇や踊りにしていくことは可能だ。演歌や琵琶語り、能や狂言でも可能であろう――いやこれらの芸術とて、一部は、大本はオーラルヒストリーだと考えることさえできる。今後の、日本のアートシーンとオーラルヒストリーとのセッションを期待したい。
(文責 中尾知代)


(4) 2010連続ワークショップ報告
 2010連続ワークショップでは、「私たちの歴史を創る、私たちの歴史を書く」は、参加者が受け身の拝聴者としてではなく、それぞれの小プロジェクトを持ち寄り、自らのオーラル・ヒストリー経験を基にして、研究調査実践の過程で生じる諸問題について具体的に議論していくことを目指した。ここで、「私たちの歴史」という表現を用いたのは、単一の歴史を強制するという意味ではなく、又その逆に、「歴史は私たちの数だけ複数ある」という歴史相対主義を意味したわけでもない。「私」という政治的主体が協同しあえる可能性を求めて、という意味を込めて「私たち」という表現を用いた。さらに、個人としての「私たち」の経験の総体としての歴史事象の説明に、私たちの視点や働きかけを取り込んでいこうという希望を示した。
 2009年12月に発行されたJOHAニュースレター16号でワークショップ実行委員を募集し、2010年3月に5人の実行委員(大城道子、郷崇倫、酒井順子、橋本みゆき、森田系太郎)が集まって概要を定め、これまで3回のワークショップを開催してきた。第1回(5月5日)は、「オーラル・ヒストリーとは何か」をテーマに掲げ、ワークショップ実行委員が話題提供者として(大城道子:沖縄県内自治体編纂地域史専門員、郷崇倫:横浜市立大学大学院、橋本みゆき:立教大学兼任講師)問題提起をし、参加者もそれぞれのオーラル・ヒストリー観を交換した。