JOHA9 第5分科会要旨

(1)青木麻衣子(北海道大学)・伊藤義人(藤女子大学)
オーストラリア木曜島の最後の日本人ダイバー藤井富太郎:子ども達の記憶からたどる父親の足跡
 本発表の目的は、オーストラリアの東北端に位置する木曜島でかつて名ダイバーとして名を馳せ、司馬遼太郎が小説『木曜島の夜会』の主人公のモデルとした藤井富太郎氏に焦点を当て、彼が生きた足跡を、彼の子ども達の記憶から辿ることである。木曜島に滞在した日本人の多くが戦後、強制帰国を余儀なくされたため、同地の日系人に関する研究はこれまで、戦争を挟んだ特定の時期に焦点を当ててきた。また、帰国者の高齢化も進み、その記憶の記録自体が難しくなってきたとの課題にも直面している。本発表では、日系二世にあたる子ども達の記憶に残る藤井富太郎氏、個人の人生を、戦前・戦後にわたり、彼・彼女らへの聞き取りから振り返ることにより、彼が生きた時代を考えてみたい。

(2)金森敏(松山大学非常勤講師)
女性社内企業家の語り
 これまで社内企業家のモデルストーリーは、ある種、英雄物語に近いものがありました。本研究では、社内企業家の語りを分析し、当初私が想定していた構えがどのように変化したのかを明らかにし、モデルストーリーに抵抗する語りを明らかにします。具体的には、沖縄電力から社内ベンチャーを立ち上げた女性社内企業家である金城社長の語りを分析し、多くの起業家は自身の強みなどを武器に起業しますが、金城社長の場合これという強みはありませんでした。また、事業を立ち上げたものの、成功とはいえず常にハプニングの連続でした。このような語りは従来の「スーパーマン的強い社内企業家」とは異なる「普通の弱い社内企業家」の語りであり、モデルストーリーに対抗する語りだと考えています。

(3)新井かおり(立教大学大学院)
アイヌの歴史はどのように書かれねばならなかったか?:自らを描く地域誌『二風谷』に見る貝澤正の挑戦
 貝澤正(1912-92)は1970年代から1980年代にかけてアイヌの権利回復を目指す運動の代表的な活動家の一人である。それまで外部から語られる存在だったアイヌは、1960年代後半からの一連の異議申し立てによって、自らが語る存在であろうとした。そのような背景にあって貝澤は歴史を重視し、そのうちでは貝澤が主となり編纂した『二風谷』誌が、貝澤の歴史に対する構えを最も特徴的にあらわしている。二風谷の歴史に貝澤はどのような構えで向かい、行動し、成果を得たのだろうか。本報告では貝澤家文書から発見された『二風谷』誌の原稿や編集資料をもとに、従来、充分に問題にされていなかったアイヌの歴史に対する構えを明らかにしたい。

(4)川又俊則(鈴鹿短期大学)
男性養護教諭へのインタビューとアーカイヴをめぐって
 本報告は、「ライフストーリー文庫」のなかにデジタル・アーカイブ化されたライフストーリー・インタビューの選択・編集作業および、その後の調査を論ずる。男性養護教諭の議論はこれまで、その養成校関係者(養護教育学等)らによる質問紙意識調査が中心であり、複数配置での可能性や男性であることの長短等が議論されてきた。報告者は近年、社会学の立場から幾つか報告をしている。元養護教諭や現職養護教諭へのインタビュー調査から明るみになった現代的課題を検討しつつ、さらに、元養護教諭を取り上げる意味、その調査がアーカイブ化される過程およびその後の調査自体を考察していく。

(5)塚田守(椙山女学園大学)
個人のホームページ上でのライフストーリーのアーカイヴ化の可能性
 本発表は、ライフストーリーの個人ホームページでのアーカイブ化の試みを紹介し、ライスストーリー研究の発信のあり方について論じるものである。アメリカの南メイン州立大学で20 年以上実践されている、「ライフストーリーセンター」の運営の在り方を調査し、ライスストーリーをアーカイブ化することの意味とその可能性について論じる。また、その枠組みを利用して設立した「ライフストーリー文庫」の設立の過程を紹介し、個人レベルでのライフストーリーのアーカイブ化する時に考慮すべきことについて考察する。さらに、ライフストーリーのアーカイブ化による教育実践の可能性についても論じる。