JOHA8 9月12日(日)9:00-12:00 第2分科会 要旨

1.共和国派亡命スペイン人一家の苦闘:過去の政治的暴力に対峙して・・・荒沢千賀子  (一橋大学社会学研究科)

フランスに住む亡命スペイン人一家のメンバーそれぞれに聞き取りをすると、母子の語りには食いちがいがあった。母にとっては「普通」で「幸せ」な亡命生活であるのに、子どもたちは親の生き方が独特の苦しさをもたらしたと感じている。スペイン内戦で敗れた共和国派の母は、独裁政権による弾圧被害者である。母は今、独裁期弾圧の解明をすすめるスペインに単身帰国して体験を語っている。だが、母の証言活動にも子どもの思いは複雑である。なぜこのように、母子の記憶と思いはすれちがっているのだろうか。本報告は、亡命者母子の語りのずれに、出身国の政治的暴力がもたらしてきた作用とそれぞれの苦闘の跡をさぐる試みである。

2.タイ-ミャンマー(ビルマ)国境の街に生きる人々:個人史と地域史の接合(仮)・・・久保 珠美(東京外国語大学大学院 地域文化研究科)

ミャンマーにおける少数民族と軍事政権との対立や経済の低迷から、過去25年間にわたり、ミャンマーからの難民・移民労働者による隣国タイへの流入が続いている。難民・移民労働者と彼らを取り巻く様々な人々が舞台としている国境の街では、彼らによってもたらされた経済的恩恵を受けている人々がいる一方、この街に生まれ育った人々は、以前と比べて騒々しくなり、治安が悪化したこと等を理由に、隣郡や隣県に転出している。このように、難民・移民労働者の流入は、人々や地域の変容を促している。そこで、この街で生まれ育った個人に焦点を合わせ、彼らのこれまでの人生の語りと経験を口述によって聞き取り、内側から視点によって、その歴史認識を描く。さらに、こうした個人の経験認識(個人史)と、変容を促されている街の歴史(地域史)の関係性を射程に入れ、接合を試みる。

3.ある脱走兵の社会的世界・・・渡辺祐介(立命館大学大学院)

敗戦間際の中国戦線で、元日本陸軍上等兵のA氏は、中国共産党軍に参加すべく脱走を試みたが失敗する。当時の陸軍刑法では「敵ニ奔リタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮」となる重罪であった。本発表では、A氏のライフヒストリーを逸脱行動論の視点から分析し、俗に脱走=銃殺のイメージが強い軍隊最大の「逸脱行為」に至った社会過程を明らかにしたい。A氏のライフヒストリーは、中国戦線や旧日本陸軍の社会的・歴史的リアリティを、不条理な組織に「反抗」した青年の観点から照射したものであると同時に、その照り返しは時空を越えて、現代社会の組織で様々な矛盾に悩む青年像をも淡く映し出す、人間と社会の普遍的テーマを内包している。

4.東京大空襲証言映像プロジェクトの設立―経験・記憶の世代継承活動の展開として・・・
山本唯人(東京大空襲・戦災資料センター主任研究員)、木村豊(慶應義塾大学大学院)、石橋星志(明治大学大学院)

2010年4月、東京大空襲・戦災資料センターでは、所属の研究員・大学院生・臨床心理士・映像プロデューサーなどの参加の下に、東京大空襲の経験・記憶を映像によって伝えることを目的とする「東京大空襲証言映像プロジェクト」を設立した。本報告では、このプロジェクトに参加する研究者の立場から、設立の経緯や収録の現状、見えてきた課題や今後の展望について検討する。映像収録のための聞き取りに伴う固有の課題や困難、証言映像・写真・物資料など多様な形態を持つ資料の管理・データベース化の方法論などについても検討する。

5.米国戦略爆撃調査団インタビューテープの研究・・・石橋 星志(明治大学大学院文学研究科史学専攻)
 
米国はアジア・太平洋戦争末期、日本各地に対し空襲を行った。初期は軍需工場に、後には大都市から中小都市爆撃へとシフトし、多くの都市が焼け、数多くの犠牲者が出た。敗戦後、ドイツに続いて日本にも戦略爆撃調査団(USSBS)を派遣し、様々な角度から空襲の効果を検証し、空襲は戦意喪失に効果があったとされる。その一環に、日系のスタッフによって行われた一般人への面接インタビューがある。東京空襲を記録する会では、米国での資料調査の中で、そのテープを発見し、ダビングされた物は、現在は東京大空襲・戦災資料センターに所蔵されている。本報告ではこれから、過去のインタビューをどう史料批判し、活用すべきか、検討する。